Japan and Denmark Architectural Studies
2016.10.12
レポーター:矢野拓洋設計を通して異国の社会背景を学ぶ
去年8月に初めて開講した、デンマークと日本の建築学生が共に建築を学ぶプログラム「JaDAS」を、今年も実施した。JaDASは、異文化に触れることでより広い視点で建築のことを学び、客観的に日本の将来を考えられる学生を育てることを目的として実施している。そのため、建築だけでなく異国の社会背景など大きな枠組みについて、現実味をもって学ぶことができるプログラムを目指している。また、デンマークは生涯学習社会の実現に力を入れており、常に教育と社会との接点を見出しながら人を育てていることから、当プログラムでも、あるコミュニティに入り込み、地域住民に対して実際に提案を行うという体験を通して学んでもらうこととした。
設計対象として選んだのは、コペンハーゲン市南部、アマーという地域の一画、スンホルムである。スンホルムは1908年に作られた地域であり、2000年までのおよそ100年の間、社会不適合者を集めて働かせる強制労働施設として機能していた。時代の流れを受けてその役割は少しずつ変化し、現在ではアルコール依存症、ドラッグ依存症、精神病などによりホームレスとなってしまった人々(以下、ユーザー)が安心して暮らすことができる支援地域へと変わり、官民問わず様々な組織がスンホルム内で支援活動を行っている。今回のプログラムでは中心的組織である、コペンハーゲン市のアクティビティ・センターを主な会話相手としながら、スンホルムで支援活動をする人々(以下、スタッフ)に対し、スンホルムの住環境向上を目的としたデザイン提案をする機会を頂いた。
この設計課題を通して、デンマーク国内でのホームレスの位置づけや現状、ひいてはデンマークの社会福祉を学んだり、それらについての日本とデンマーク(ときには他のEU諸国)の違いなどを比べる機会を作った。
公共性を持った設計プロセスをめざして
今回公共空間を提案するにあたり、公共空間の設計にふさわしい設計プロセスを考えてみた。
路上ミュージシャンのギターケースに無数の通行人がコインを投げ入れるあの風景のように、最初から最後まで責任を持つわけではない複数の設計者が、通りかかったときに聞こえてきた断片的なフレーズについて、その改善案を投げ入れ、プロジェクトに貢献するようなプロセスを作ることで、設計者または設計事務所(さらに言えば濃密な住民参加型ワークショップに熱心に参加する住民たち)が作り上げるクローズドな仲間うちの設計プロセスを壊せないかと考えた。
実際には、7−8人/グループを3つ作り、1週間ごとにグループを解散し、新たにグループを再編成する方法をとった。初週で3グループがそれぞれ作り上げた案を、再編成したグループが引き継ぎ、それを1週間後また新たに再編成されたグループが引き継ぐというようなプロセスとし、3週間を通して客観性を保ちつつも意見を積み上げることを目指した。
なお、グループはそれぞれ、日本人学生と現地の学生が混合になるようにした。設計作業を通して、日本人と現地学生の建築デザインの進め方の違いや議論の仕方の違いなど、成果物だけでなく設計プロセスの違いも学んでもらうことを目的としている。
グループA Fluid Boundaries by Landscaping
1週目
スンホルム内外を分かつ境界にフォーカス。特に、地区北東部にあるNGOオフィスの周辺を囲う庭と、境界を作る壁、そしてその壁の真裏に広がる幼稚園のプレイグラウンドを改善する方針とした。壁のかたちを操作しスンホルム内外を緩やかにつなげるというアイデアで、いくつかスタディを発表した。
2週目
前回のメンバーが発見した問題点、フォーカスする敷地をそのまま引き継ぎ、アイデアを建築空間として具体化させた。前回までのスタディ、そして今グループで更に出た提案を1つの空間にまとめ上げた。結果、ユーザー、幼稚園児、一般人の3種類の動線を、壁を作ることなく分けるために屋上に登ることができる半外部シェルターとなった。
3週目
これまでのメンバーが発見した「壁がスンホルム内外を隔てている」という題材、それに対して「安心・安全を担保しながら開く」という方針をそのまま引き継いだ。しかし、前回メンバーがシェルターを提案した際、建築を作ることに対し抵抗を持つスタッフが多かったことも踏まえ、明確な境界を構築する建築ではなくランドスケープの提案とし、様々なエレメントを組み合わせることで柔らかな境界を作ることを試みた。
グループB Sundholm Forest
1週目
現在までユーザーのためにデザインされたパブリックスペースが、詳細なターゲットを絞らずに設計されていることに問題意識を感じ、提案するターゲットを絞ることを最初のステップとした。ユーザーを社交性に関して3つのグループにカテゴライズし、それぞれのユーザーグループに適切な提案をする方向性を固めた。
2週目
前回メンバーからデザインコンセプトを引き継ぎ、最も社交的なグループ、最も内向的なグループ、その中間層という3つのユーザーグループに対し別々の提案をおこなう。もっとも内向的なグループに向けて提案されたグリーンハウスはそのまま進化させたが、伝わりにくかった他2つのユーザーグループに対して提案されたソフトの提案などは見直され、代わりに空間的提案がなされた。
3週目
前回のパブリックミーティングでの反応が概ね良かったこともあり、今まで積み上げられたアイデアを受け継いだ。「社交性の高いグループほど空間は大きくなり想定されるアクティビティはアクティブになる」という原理を柱の密度の操作へと変換し、3つの提案に共通性を生んだ。
グループC Revitalising Pavement
1週目
ユーザーのために作られたスンホルムという地域を、よりユーザーにとって居心地の良い空間にするという方向性をとった。敷地調査、分析から緑地、シェルター、ライティングという3つのキーワードを抽出し、シェルターに関して空間を細分化するような可動式の壁を提案した。
2週目
前回メンバーが抽出した3つのキーワードのうち、シェルターにフォーカスし、スケールを壊すための装置という役割をさらに強調させていく方向でアイデアが練られた。同時にスンホルム中に車が路上駐車されておりユーザーの場所が奪われてしまっているという問題もピックアップし、アスファルトで統一された道路を様々な素材でパッチワークのように構成されたペーブメントを加えることで、最小のインパクトで空間のスケール感を分割しつつ車の侵入を制御するアーキテクチャの提案とした。
3週目
前回のパブリックミーティング時に、シェルターを構成する壁とペーブメントの機能の違いについて問われていたため、壁を配置するというアイデアを完全に消去。そしてグラウンドのレベルを操作し部分的に2層にすることで、ペーブメントという1つのエレメントだけであらゆる空間を提案することができるよう簡素化した。さらに、前回ミーティング時にスタッフから出たお堀を復活させたらどうかという意見を採用し、スンホルム内外を貫通するお堀を新たに導入することで、近隣住民がそのお堀沿いを歩きながらスンホルム内に入り込むことを誘発しようとした。
3週間の挑戦を通して
以上のように、3週間を通して様々な学生が3つのグループに短期間ずつ所属し、部分的にプロジェクトを改善するアイデアを落としていった結果、3案共に最後まで鮮度の高い提案になったように思う。荒削りで未完成と言えばそれまでかもしれないが、それだけとも言い切れない意見の蓄積と鮮度が共生する提案が生まれたと感じている。どのグループも、前回メンバーが作り上げた意見を引き継ぎつつも、いらない部分に関しては削除、おかしいと思うところは全面的に変更するなど、客観的な観察から生まれた意見をためらうことなく反映した。
このプロセスを実施するうえで一番恐れていたことは、プレゼンの場でスッタフから質問がでたときなどに、「それは前週のメンバーが決めたことなのでよく分かりません」など、責任を放棄してしまうことであったが、1度も逃げることなく学生たちが対応できていたことは大きな喜びだった。これには、日本人学生の設計に対する姿勢が良い影響を与えたのではないかと分析している。現地の学生は意見を出すスピードもバリエーションも長けており、議論を次へ次へと先行することができるが、日本人学生が前週メンバーの積み上げた案の意図を汲み取ることに時間とこだわりを見せたおかげで、週ごとの引き継ぎがうまくいき、結果として、どのグループも説明責任を全うできる作品を提案することができたのだと思う。
JaDASは、Design Work、Lecture、Visitという3つのアクティビティから成り立っている。Design Workは上述の一連のアクティビティであり、プログラムのメインである。Lectureは、現地で活動する建築家や専門家をゲストとして招き(もしくは彼らの事務所に訪れ)、レクチャーをしていただく。レクチャラーは、去年に引き続きSchmidt Hammer Lassenに勤める勝目雅裕氏、Rambøllに勤める加藤比呂史氏、今年からJuul Frost Architectsに勤めるSøren Arildskovにご協力いただいた。Visitは、建築家の方の解説を聞きながらコペンハーゲン市内の作品や事務所をまわるアクティビティである。レクチャラーの3名をはじめ建築家の方々に合計9作品、5つの設計事務所を案内していただいた。3つのアクティビティに加えて、週末には2度の日帰り旅行、1度の一泊旅行を実施しコペンハーゲン以外の建築や街を見学した。将来的にはデンマーク人を日本に承知し実施するなど、双方向性を強めていきたい。
プログラムを開講するにあたり、一緒に肩を並べて走ってくれたオーガナイザーの日傳百、Luna Perschlの両氏、レクチャラーの方々、コペンハーゲン大学客員研究員の古賀元也氏、そして参加してくれた学生はもちろんのこと、日本建築設計学会をはじめとした様々な方々や団体にお世話になりました。この場を借りて深くお礼申し上げます。